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2019年10月

2019.10.28

旅に対する志向の変化(筆者の場合)

子供のころから、どこか知らない町に行くのが好きでした。

小学校入学前から一人で電車に乗って、祖母の家に何度もおつかいにいった記憶があります。
小学校に上がると、電車(国鉄、JR)を使って、のりつぶしの旅(チャレンジ2万キロ)をしようと時刻表とにらめっこしながら計画を立てていました。
今思えば、子供というのは視野が狭くて、1分あれば乗り換え可能と思い込んだり(実際はかなり難しい)、とかく無理な計画を立てがちでした。実際に行動することはあまり考えていないものです。最たるところで言えば、あの時の計画には宿泊という概念がなく(そもそも小学生が一人でホテルに泊まるということすら難しいという時代でした)、もっぱら夜行列車を駆使した計画ばかり立てておりました。体力任せというか、なんというか。旅に行く費用に関しても、全く無頓着でした。せいぜい、ワイド周遊券ひとつ買っておけばよいじゃないか、という感じで。

中学・高校になって、地図帳を見るようになってきてからというもの、興味は日本国内だけでなく、世界へと目が向くようになってきました。教科書に出てくる世界各地をこの目で見て見たいという気持ちが現れるのは必然だったころです。特に私が興味を持ったのは、中国でも西域(さいいき)、ソビエトであればシベリアです。シルクロードに始まり、シベリア鉄道やら北極圏やら、私の興味はどちらかというと観光地というより、僻地や極地の方を向いていました。その土地でしか味わえない、その土地でしか生まれ育っていない人たちをこの目で見て見たい。と思うようになっていました。なので、読書やテレビ番組の興味の対象も、紀行文だったり、探検ものばかりでした。
ただ、このころから、同時平行的に金銭感覚が身についてきたため、実行するならば、高校卒業してからだな、とか、大学生になってからだな、と思うようになって来ました。自分で旅行資金を稼ぐのは非常に手間と時間がかかるということを身にしみた時期でもあります。同時に、将来の進路を考えねばならない時期でもありました。

「好きなことを仕事にするか、好きなことと仕事は別。」そういう二者択一的なことを考えていたわけではありません。しかし、高校生のころというのはロマンを追求するころでもありまして、周りの人のほとんどが、実利を追って進路を決定するという考え方に反発していました。「自分が面白いということが金になるならば、これに勝るものはないじゃないか。」という、周りへの反発だけで先々をあまり考えないで進路を選んでしまったような気がします。理学部と工学部があるといえば、理学部を選び、物理学科や化学科より、地学科を選んだのも反発の行き着く先だったのかもしれません。
浪人してまで入学した大学では地質学を専攻し、実習や調査という名目で海でも山でも人のいないところばかり行くようになりました(釣り人は魚がいるところであれば、どこにでも現れますね。似たようなものです)。旅行を目的にしなくても、色々なところにいけるという、趣味と実益を兼ねた大学時代を送りましたが、現場に行くにはとにかく金がかかりました。その資金を捻出するためのアルバイトも、その筋のアルバイトなので、2倍の充実感みたいなものを感じました。こんなことしていて、お金もらえるんだ、と思った時期でもあります。

そして今、幸運にも大学で学んできたことを直接的に生かせる業務についています。観光では行かないような現場に行くことばかりですが、当然業務なので、出張旅費は出ます。海外に始めて行ったのは学生時代ですが、その筋のアルバイト(南極海の調査)で行ったので、結局のところ40半ばになるまで出張でしか海外に行ったことはありません。必ずしも自分が行きたいと思ったところではないものの、出張期間の合間にプチ観光をしたりするので、十分楽しんでおります。

もちろん、今でも西域だったり、極地にいきたいとは思いますが、そういうところでなくても面白いところはあるだろうなと思っています。

会社員生活もまだまだ残っていますが、今後、どういうところに行くことになるのか、どきどきしつつもわくわくしています。

 

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2019.10.03

慣れたつもりはないけれど

もう、すっかり海外要員ですね。適応能力が高いですよ。

日本から来た大学時代の後輩に言われて気がついた一言。
果たしてそうなのだろうか?と。

この国で何年か仕事をしなければならないから、
ある意味仕方なく適応しているだけで(適応させないと精神がやられてしまうので)、
そういうつもりはなかったのですが、よそから見ると、そう見えるんですかね。

英語もインドネシア語も全然なのですが、
生きていくために程々にはできるようにならないといけない。
毎日綱渡り、といっても過言ではないでしょう。

Google翻訳がなかったら即死してましたし、
LINEなどのSNSがあるのも助かっている理由だと思います。
あと、ジャカルタだからなんとかなっているのかもしれません。
日本食の店や食材が手に入りやすいですし。

彼には今度、こういう風に答えることにしましょう。
ジャカルタだからだよ、そして、このIT時代にすくわれているんだよ、きっと。

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